時には血飛沫や幽霊よりも、静かに忍び寄る『現実の不条理』のほうが、私たちの心を深く抉ることがあります。
今回はそんな「ホラーまたはサスペンス」ジャンルとしてしまうには少し疑問、「ホラー」という枠には収まりきらないけれど、間違いなく私たちの『恐怖』と『不安』を揺さぶる3つの衝撃作をご紹介します。「ホラーまたはサスペンス」ファンの視点なら、思わず「おっ?」と目を止めてしまうこと間違いなし!
近日公開予定の注目作品
『落下音』

あらすじ:
1910年代、アルマは同じ村で、自分と同じ名を持つ幼くして死んだ少女の気配に気づく。1940年代、戦争の傷跡が残る中、エリカは片脚を失った叔父への抑えきれない欲望に気づき、自らの得体のしれない影に戸惑う。1980年代、アンゲリカは常に肌にまとわりつく“何か”の視線に怯えていた。そして現代、家族と共に移り住んだレンカは、自分の存在が消えてしまいそうな孤独感に蝕まれていく。
百年の時を経て響き合う彼女たちの<不安>が、この北ドイツの農場を静かに覆いつくしていく——(以上、オフィシャル情報より)
原題:In die Sonne schauen
監督・共同脚本:マーシャ・シリンスキ
出演:ハンナ・ヘクト、レア・ドリンダ、レーナ・ウルゼンドフスキー、レニ・ガイゼラー、スザンネ・ベスト、ルイーゼ・ハイヤー、クラウディア・ガイスラー=バーディング、リュカ・プリゾほか
日本公開:2026年4月3日(金)全国ロードショー
配給:ギャガ
北ドイツの農場を舞台に、四つの異なる時代を⽣きる四⼈の少女たちが、同じ土地で体験する不可解な出来事を描いた、百年にわたる映像叙事詩。ドイツ出⾝の新鋭マーシャ・シリンスキ監督が作品を手掛け、⻑編二作目にして第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門入りを果たしました。
とある土地にて四つの世代に渡りそれぞれの時代に生きる少女の視点をもって物語を紡ぐ本作。おのおのの時代における日常の中で、特に大きな出来事があるわけでもなく淡々と日々が過ぎていく。しかしそこに見えるのは、静寂の中にいつ何かが壊れるかもわからないような、張り詰めた空気。
そしてそれを受け、見ている本人自身の「緊張感」にも似た感情が画面いっぱいに現れます。さらにその重々しい空気感を四世代、百年にも渡る時を「不安」の感情が繋いでいるところに、注目のポイントがあります。
カンヌ国際映画祭で上映された後には、批評家筋より世界中の批評家を虜に。「今年のカンヌで最も記憶に残る作品」「映画言語を更新する新たな才能」などという絶賛の言葉が相次ぎ、その革新性が映画祭に鮮烈な驚きをもたらしたことを証明しました。
幼き頃に見た大人たちの不条理が、成長するに従い自身にも何らかのかたちで見舞ってくる様。時代を超えて常に見えるその歪なものは、見ているものの感情を大きく揺さぶり、衝撃や衝動を呼び覚ます。作品の静かなイメージとは裏腹に、内に充満するその刺々しい心理変化は、見ている側にもダイレクトに伝わり、サスペンスのようなショックを覚えることでしょう。
In die Sonne schauen (The Sound of Falling)
Release Date: April 3, 2026(in Japan)
A cinematic epic spanning a century, this film by emerging German director Marsha Shilinski follows four girls living on the same North German farm across four different eras (1910s to the present). Rather than relying on overt shocks, Shilinski builds a suffocating atmosphere where the silence itself feels fragile. The “anxiety” shared by these women across generations creates a psychological tension as potent as any high-stakes thriller. A Cannes favorite that is said to “update the language of cinema.”
『シンプル・アクシデント/偶然』

あらすじ:
ある夜、平凡なワヒドが働く工房に、野良犬と衝突事故を起こした家族連れの男が車の修理を求めてやってくる。その男が義足を引きずる奇妙な音を耳にした瞬間、ワヒドの脳裏に忌まわしい過去が蘇る。かつて政治犯として不当に投獄されたワヒドは、“義足”というあだ名で恐れられた看守エグバルから残忍な拷問を受け、人生の大切なものすべてを奪われてしまったのだ。ガレージに現れた義足の男こそはエグバルだと確信したワヒドは、翌日、強引に拉致した彼を荒野に生き埋めにしようとする。しかし、エグバルの顔を見たことがないワヒドの心に迷いが生じる。一旦報復を取りやめたワヒドは、同じトラウマを抱える元囚人たちのもとを訪ねるが、誰も義足の男がエグバル本人だとは証明できない。やがてワヒドらがもくろむ復讐殺人は、思いがけない事態へと迷走していくのだった……。(以上、オフィシャル情報より)
原題:Un simple accident
監督・共同脚本:ジャファル・パナヒ
出演:ワヒド・モバシェリ、マルヤム・アフシャリ、エブラヒム・アジジ、ハディス・パクバテン、マジッド・パナヒ、モハマッド・アリ・エリヤスメール、ジョルジェス・ハシェムザデー、デルマズ・ナジャフィ、アフサネ・ナジュムアバディほか
日本公開:2026年5月8日(金)全国ロードショー
配給:セテラ・インターナショナル
かつて不当に刑務所に投獄された人々が、偶然遭遇した仇に復讐を試みる姿を追ったサスペンス。イランの巨匠ジャファル・パナヒが手がけ、2025年・第78回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞しました。本作でのパルムドール受賞により、パナ匕監督は3大映画祭すべてで最高賞を受賞する快挙を成し遂げました。またフランスとの共同作品で、第98回アカデミー賞の国際長編映画賞にフランス代表作品としてエントリーし、ノミネートを果たすなど、世界的に高い評価を得た作品であります。
一方で、反体制的な活動を理由にイラン政府から映画制作を禁じられながらも活動を続けるパナヒ監督。本作は、自身の二度にわたる投獄経験と、同房で出会った人々の声から着想を得て作り上げた作品であるといわれており、まずその製作動機に凄まじい意志を感じるところであります。
また物語としても、日本より遠く離れた国の物語ながら、どこか無視できない要素が漂います。特にいま世界情勢の中でも非常に複雑な状況を抱え注目されている、イランという国を背景とした物語である点には、どこか目を背けるわけにはいかないもののようにも思えます。
遠くからこの国を眺めると、「常に争いの絶えない場所」の一つでありますが、その「争い」の不条理、恐怖が非常に身近にあること、そしてその恐怖はなんの変哲もない日常にまでつきまとい、この国のあらゆる人は「争い」を避けることができなくなっている。
スクリーンの中の「架空のモンスター」よりも、逃げ場のない「現実の政治的恐怖」が追い詰めてくる。ある意味地獄のような運命を、人々は背負っているわけです。
彼らが常に「争い」の中にあることが、あってはならないことのはずなのに当たり前のようにつきまとう。その光景はまさにこの世界のディストピアの一端を示すものであり、複雑化を極めつつある世界の中で避けては通れない1本であるといえるでしょう。
2. Un simple accident (Simple Accident / Coincidence)
Release Date: May 8, 2026(in Japan)
Directed by Iranian master Jafar Panahi, this Palme d’Or winner at the 78th Cannes Film Festival is a chilling suspense born from the director’s own experiences of imprisonment. When a man believes he has accidentally encountered his former prison torturer in a garage, a chaotic quest for revenge begins. The film suggests that the “real-world political terror” from which there is no escape is far more haunting than any fictional monster. A must-watch dystopia reflecting the harsh realities of modern global instability.
『POCA PON ポカポン』

あらすじ:
貧しい生活、隣人の騒音。不条理な現実に苛立ちながらも、母・朝子、弟・祐二を支えようと生きる中学生の健太。そして、彼の周りで鳴り響く“ポカポン”という謎の声。そんな家族を静かに見守るのは、団地の管理人・駿一。やがて、健太と駿一は心を通わすようになるのだが、かつて世間を震撼させた連続児童殺傷事件の犯人が、この団地に潜んでいるという噂が流れ始め……。(以上、オフィシャル情報より)
英題:Poca Pon
監督・脚本:大塚信一
出演:原田琥之佑、尾関伸次、菜葉菜、大角英夫、川瀬陽太、山崎ハコ、足立智充、久田松真耶、木村知貴、牛丸亮、松本太陽ほか
日本公開:2026年5月9日(金)新宿K’s cinema、ユーロスペース他全国ロードショー
配給:インターフィルム、Cinemago
猟奇殺人事件を背景に、時に人を癒やし、時に人を壊す不思議な天の声「POCA PON(ポカポン)」と、温かさと不穏が同居する一つの母子家族の日常を描いた新感覚のドラマ。『横須賀綺譚』の大塚信一監督が作品を手掛けました。
イントロに現れる血まみれの冷蔵庫、「誰かを殺しただろう」と思わせる挙動、さらに途中に現れる猟奇殺人犯の一部始終と、ショッキングな映像表現につい目が行くところ。さらに菊地成孔が担当した、どちらかというと不安を煽る音楽の効果もあって、どうしてもサスペンス・ミステリー的な傾向を想起してしまいそうですが、その芯にはそれとは異なる方向性、そしてそこにはその衝撃以上の大きなインパクトを見るであろうことも想像に難くない、そんな物語であります。
作品を手掛けた大塚監督は、1931年の映画『フランケンシュタイン』で、主人公フランケンシュタインが、少女から一輪の花を授かったことで救われた、という経緯を引き合いとして、「周りの大人から『未来はない』といわれた子供が、逆に猟奇殺人犯から『未来はある』といわれたら?」というアイデアを発想したことで、その美しい光景を紡ぎ出せれば、と考えたと明かしています。
少年は果たして救われるのか、それとも落ちていくのか?「いや人生とはそんな簡潔に整理できるものではない」そんな強い印象を映像で描いたこの物語。決して明るいトーンではないが、モノトーンでもないその色調は非常に刺激の強い展開と雰囲気を持ちながらも、どこかに希望をもたらすものであるともいえるでしょう。今という社会のミクロな光景を象徴的なハプニングで切り取った、無視し難い物語であります。
3. Poca Pon
Release Date: May 9, 2026
Directed by Shinichi Otsuka (Yokosuka Kitan), this “new-sensory drama” blends the chilling backdrop of a serial child murder case with the mysterious celestial voice “Poca Pon.” Drawing inspiration from the 1931 Frankenstein—specifically the scene where the monster finds fleeting salvation through a child—the film explores a provocative question: “What if a child told they have no future by society is told they do have a future by a murderer?” Featuring a jarring score by Naruyoshi Kikuchi, it is a visceral, unmissable portrait of society’s darker corners and the faint hope found within them.


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