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【コラム】「怖い」を解剖する――Horror Topicsが提唱する新機軸のホラー映画分析「戦慄分析」とは?

「怖い」という感覚について、皆さんは具体的にどんなイメージを思い浮かべますか?考えてみると意外に自分たちは自分自身の「怖い」という感覚を、うまく整理しきれていないことに気が付くはずです。

パッと見た目のインパクトで自身の「恐怖心」があおられるのは、もっともイメージしやすい「怖さ」のイメージではないでしょうか?しかしそれとは別にふっと現れる映像や出来事、イメージが自分の関わる何かに引っかかり、後からジワジワと恐怖心が湧いてくる、なんてこともたくさんあるでしょう。

このサイトでは、いわゆるそんな「怖さ」の根源、要素を、5つの要素で比較するレーダーチャートで示すことで「戦慄分析」、つまり「怖さ」のイメージを具体化することを試みています。

今回はこのサイトで示す5つの「怖さ」を示す要素の概念を説明するとともに、このサイトで特に追究する「怖さ」と、この表現から目指していくものを述べていきたいと思います。

この分析を知ることで、あなたが本当に求めている恐怖の形が見えてくるはずです。

従来の指標:即効性のある「恐怖(グロ・ジャンプスケア)」の役割

ここでは一般的に想起されやすい“直接的な怖さ”を整理します。まず皆さんが「怖い」という印象を抱く要素として考えるのは、この定番的、直感的な要素が思い浮かぶのではないでしょうか。

ホラー映画の一般的な評価としては、いわゆるジャンプスケアと呼ばれる「衝撃的な怖さ」さらに残酷さを示す「グロテスクさ」という二つが多く挙げられる傾向にあるのではないでしょうか。ホラー映画の歴史においてはこうした要素が原点ともいえます。

「ジャンプスケア(突発性)」

『死霊館』シリーズ第一作(2013)

“突然のことにビックリさせ、怖がらせる”ことを意図として入れる要素で、具体的には大きな音や急展開を伴うショッキングな映像を、物語の中に差し込むことで得られる効果をいいます。

作品としては『インシディアス』『死霊館』シリーズや『ファイナル・ディスティネーション』シリーズなどで、この要素を強く感じられることでしょう。またSFホラーの金字塔『エイリアン』の序盤で、チェストバスターと呼ばれるエイリアンの幼体が、人間の腹を食い破って現れるシーンは、その代表的なシーンとして多くの支持を集めています。

「ゴア・グロテスク(視覚性)」

『ソウ(SAW)』シリーズ第一作(2004)

“異様で気味の悪い”様子を示す要素。たとえば鮮血で画面が満たされるような残虐シーンなど、不快感を抱くほどに異様なさまを示します。

見ていると痛みすら感じさせるような作品、たとえば体を切り刻まれるような残虐シーンが満載の『ソウ(SAW)』シリーズや『死霊のはらわた』などは、この要素に関し強い印象を持った作品であるといえます。

当サイトの視点:なぜ「後者の3項目(雰囲気・内面・救いのなさ)」を重視するのか?

ここからは、当サイトが最も重視する「怖さ」の領域を示します。

「怖さ」には「ジャンプスケア」「ゴア・グロテスク」の二つによらないもの、精神的影響を与える指標があると考え、この定番的な二つの「恐怖」以外の要素を当サイトでは三種類のもので定義しています。

「心理的・精神的恐怖(内面性)」

『シャイニング』(1980)

直接的な恐怖対象がなくても、人が恐怖に直面した時に見せる態度が表現されることにより、恐怖を感じることがあります。この要因としては、登場人物が劇中で見せる行動や表情により観客側が「心理的・精神的」に共感することで、「恐怖」を感じるという現象が生まれることが考えられます。

『ヘレディタリー/継承』や『シャイニング』は「 最も信頼すべき相手(家族など)や、自分自身の精神が崩壊していく過程」であり、追い詰められた人間の「表情」や理解不能な「行動」、外敵よりも「隣にいる人間」が壊れることが、その根源的な「怖さ」を生んでいるといえるでしょう。

「雰囲気・不気味さ(持続性)」

『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999)

たとえば「ジャンプスケア」でなくても、その前触れが感じられたり、あるいは何か不吉なことの予兆が見えたりと“不安を醸す”雰囲気で「怖さ」を感じることがあるでしょう。画面に現れた音楽や絵などが単なる装飾でなく、何らかの深い意味を持つことが感じられた時点で猛烈に不安感があおられ、そこに「怖さ」が現れるわけです。

『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は“見えない”からこそ、想像力が「怖さ」を完成させています。積まれた石や、暗闇の中で揺れる木々、そして音だけが聞こえる。直接的な怪物は一切映りませんが、読者の“何かがいるかもしれない”という不安を最大化させ、鑑賞後も暗闇を怖くさせます。

「テーマの救いのなさ(後味)」

『ミスト』(2007)

物語の結びが全くネガティブな形で完結し、ディストピア的な絶望を観客が感じることで「怖さ」を身に受けることもあると考えられます。

『ミスト』は 最善の選択をしたはずが、最悪の結果を招く皮肉を描いた作品ですが、暗転した画面の向こう側に広がる“一生消えない後悔”が、鑑賞者の心に一生残る傷(トラウマ)を刻んでおり、物理的な死を超えた、精神的に「詰んだ」状態を表しています。


『ヘレディタリー/継承』(2018)

ホラーというジャンルはもともと「インパクト重視」、つまり他ジャンルに比べ「ジャンプスケア」「ゴア・グロテスク」という面で特徴を強く映し出し、見る者の気持ちを動揺させることで、その広がりを見せてきたわけです。

これに対し、近年のホラー作品は多様性という傾向から、その二つの性質を保ちながらも新たな形で「恐怖」を生み出す作品、つまり上記の後者三項目により不安感や恐怖感を醸す作品が多くなっているともいえます。つまりビジュアル的インパクトの第一印象で見る側にショックを与える作品よりも、見ていて不安や絶望感をあおられる作品に趣向が向きつつあるとも考えられるわけです。

この傾向は、かつて映画に対して持たれた印象「単純な娯楽」というものから、物語が発するメッセージ性などさまざまな可能性を見出す傾向が現れてきた影響である一方で、そこには「日常の侵食」のようなポイントを目指す傾向も考えられます。

“グロテスクな怪物”は日常にはいませんが、「不気味な音」や「誰かがいる気配」は、映画を見終わった後の読者の自室にも存在し得ます。これは「心理的恐怖」を重視する最大の理由(=逃げ場がない恐怖)でもあり、当サイトでは“強い共感をおぼえる「怖さ」の進化系”であると定義します。

図:『恐怖の浸透ピラミッド』

「戦慄分析」は5つの「怖さ」要素の深さを基本としていますが、当サイトではこの恐怖構造を『恐怖の浸透ピラミッド』という形で提唱します。これは5種類で定義した「怖さ」の要素それぞれの関係を、ピラミッド型構成で示した図です。

「ジャンプスケア」などの最上段の「怖さ」は上映の段階で消えてしまいますが、その要素が下段に移るにつれ見る側の中に残るタイミングは長くなり、最下段では“人生のどこかでふと蘇る”可能性すらあります

故に図中の第二段、三段で示される「心理的、精神的恐怖」「雰囲気、不気味さ」「救いのなさ」という恐怖要素は、現代でホラー作品を深掘りするにあたり非常に重要な要素であると捉えられ、本サイトではこのポイントを重視するわけです。

歴史的検証:ロメロvsフルチ。なぜ私たちは、今なお『ドーン・オブ・ザ・デッド』に震えるのか?

『ドーン・オブ・ザ・デッド』(1978)

3項に示した、当サイトで重視する「怖さ」の指標を、たとえば近代ホラーの中では非常に強いインパクトを放つ近代ゾンビ系のホラーに着目した例で考えてみます。

ゾンビ系作品はもともとジョージ・A・ロメロが発表した1968年の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』あるいは1978年の『ドーン・オブ・ザ・デッド』が、その金字塔とされています。

また『ドーン・オブ・ザ・デッド』の次の年に製作されたルチオ・フルチ監督の『サンゲリア』もまた、いわゆる「近代ゾンビ映画の祖」のような位置づけとなっています。ロメロは「社会批評としてのホラー」の祖であり、フルチは「純粋残酷ショウ(見世物的ホラー)」の旗手として対比されます。

前者の『ドーン・オブ・ザ・デッド』はビジュアル的イメージとしては、ホラー的特殊効果、メイクに大きな革命を起こしたトム・サビーニのメイク、特殊効果で当時そのビジュアル面でも大きなセンセーションを巻き起こしました。

ただ、現代のはるかに進んだ「グロテスクさ」抜群の作品が見せる精度と比較すると、はるかに及ばないものという評価となるのではないでしょうか。特に『サンゲリア』はその上をいくほどのゴアなビジュアルイメージを持っており、その残酷な表現、練り込まれたジャンプスケアで、いわゆる「表現」としての原点作品という点で高く評価されています。

『サンゲリア』(1979) ※米国公開時には『ZOMBIES 2』の名で公開されました。

しかし物語の展開、方向性として『ドーン・オブ・ザ・デッド』はホラーというジャンルを超越して、この時代にして先進的な社会問題に何らか触れるストーリーを形成し、現代のホラー映画製作にもつながる大きな柱を物語の中に形成しています。

この作品はインパクト的な恐怖を含みながら、物語自体が醸す不安感や不気味さ、そして「ゾンビ」が終わらない「テーマの救いのなさ」というものを持っていることに対して、長い間にわたって評価されています。

その理由は、まさしく「ゴア」「ジャンプスケア」といった直接的な恐怖よりは、もっと内面的な怖さ、つまりゾンビに襲われるという「雰囲気」の怖さ、ゾンビを恐れる人たちの「心理的な」怖さ、そして人類終焉説を示したような「救いのなさ」という点が、時代を超えて社会的に挙げられるさまざまな問題と重なるという点にあるといっていいでしょう。ショッピングモールを舞台に消費社会を風刺したように、「物語(内的恐怖)」があるからこそ、50年経っても色褪せません。

一方で後者の『サンゲリア』は、どちらかというと見た目のインパクトや極端なグロテスクさのほうが、作品の大きな主題となっているイメージ。その残酷なゴア表現、練り込まれたジャンプスケアで、いわゆる「表現」としての原点作品という点で高く評価できます。

しかし『サンゲリア』が映像面におけるリスペクトは多く受けながらも、技術的な「グロ(外的恐怖)」は新しい技術(CG等)に塗り替えられてしまう上に、どちらかというとホラー映画製作のトレンドにおける注目度は、若干衰退している向きもあります。

また作品で描かれる物語自体は『ドーン・オブ・ザ・デッド』の注目ポイントである「人を食らう死者」というアイデアを踏襲しつつも“そこまで目新しいアイデアを物語の展開として用意しているわけではない”という感が否めません。そのためビジュアル的には強く引かれるものの、何らか作品の鑑賞後に心に残る印象は、どちらかというと薄い傾向にあります。

まとめ:Horror Topicsが目指す「戦慄分析」の先にあるもの。

最後に当サイトの視点でさまざまな作品を考察していくことで見えてくる意味と、サイト自体の目的を示していきます。

先述の二つの作品の特徴に優劣はありませんが、当サイトはどちらかというと『ドーン・オブ・ザ・デッド』のように時代を超えてジワジワと身に占めてくる、その普遍的な恐怖感にスポットを当てていきたいと考えるわけです。

特に近年多くの話題を呼んでいるホラー作品からは「インパクト」以外から感じられる「怖さ」の意味が多様的で、作品のテーマや真意、そして「怖さ」という面からいま改めて考察することに深い意味と価値を感じさせられます。

もちろん「ジャンプスケア」や「グロテスクさ」も「怖さ」を定義する、魅力ある要素です。優れた心理的恐怖を際立たせるための隠し味的な、深い意味のある「グロテスクさ」は、映画芸術の極みではないでしょうか。

しかし、スパイス(外見)だけで料理(物語)が語られてしまうのは、ホラーファンとしてはあまりに不本意。本サイトの「戦慄分析」は、人々を長く、深く魅了する「怖さ」の本質を深堀りすることで、その存在価値に迫っていきます。

English Summary

This article explores the nature of fear in horror cinema by breaking it down into five core elements through a framework called “Dread Analysis.”

It argues that the most enduring horror is not immediate shock, but psychological fear, atmosphere, and lingering hopelessness.

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