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【公開前レビュー】『ユースフル・ゴースト』(Lv.2)掃除機になった妻が見つめる、不条理と抵抗の物語
怖さレベル3:緊張と分析

【怖さレベル2:ゾクッ】ふと「ゾクッ」とする場面もありながら、初心者でも大丈夫!


死んだ妻が掃除機の姿で帰ってくるという奇想天外なタイ発の映画『ユースフル・ゴースト』。

本作は、大気汚染が進むバンコクを舞台に、呼吸器疾患で亡くなった妻ナットと、悲しみに暮れる夫マーチの型破りな愛を描くホラー・コメディー・ロマンス。本作が長編デビュー作となるラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督は、タイの有名な伝統怪談「メー・ナーク」を着想源に、社会風刺を交えた独創的な世界観を構築しました。

主演のダビカ・ホーンは「掃除機に宿る幽霊」という難役を圧倒的な存在感で怪演し、共演にはウィサルット・ヒンマラットら実力派が揃います。

その斬新な映像体験は高く評価され、第78回カンヌ国際映画祭の批評家週間でタイ映画史上初となるグランプリを受賞しました。ジャンルの枠を超え、ユーモアと切なさが同居する本作は、なぜこれほど世界を魅了したのか?本記事では、その見どころを詳しく掘り下げてレビューします。

※なお、本記事には広告プロモーションが含まれます。

【概要】

(C) 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

愛する妻を亡くした男性と、掃除機に宿って彼のもとへ戻った妻が繰り広げる壮大な愛と抵抗の物語を描いた、タイ発の奇想天外なホラー映画。

本作を手掛けたのは、本作が長編デビューとなるタイのラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督。

物語は死後も現世にとどまり夫との愛を深めた女性メー・ナークにまつわるタイの怪談「メー・ナーク・プラカノーン」に着想を得て「記憶と忘却」「個人と社会」「愛と有用性」などといったテーマに触れつつ、さまざまなジャンルを横断して描かれました。

主演は同じくメー・ナークの怪談を描いた『愛しのゴースト』でメー・ナーク役を務めたダビカ・ホーン。

2025年・第78回カンヌ国際映画祭の批評家週間にてグランプリを受賞。

原題:A Useful Ghost

監督・脚本:ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク

出演:ダビカ・ホーン、ウィットサルート・ヒンマラート、アパシリ・ニティポン、ワンロップ・ルングクムジャド、ウィサルット・ホームフアンほか

配給:SUNDAE

公式サイト

劇場公開日:2026年7月10日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、ユーロスペースほか 全国ロードショー

【あらすじ】

とある一人暮らしの男性。ある日、彼の部屋にある掃除機が壊れ、修理を呼ぶこととなります。電話の後に訪れた男性はどこか不思議な雰囲気を持っており、掃除機の修理など手を付けず、ある話を聞かせてきます。

粉じん公害が深刻化するバンコク。その渦中にある電気製品工場長の息子マーチは、最愛の妻ナットを呼吸器疾患で亡くし、悲嘆に暮れる日々を過ごしていました。

そんな彼のもとに、ナットの魂が掃除機の姿を借りて蘇ります。そして二人は、再び愛を確かめ合います。

一方で工場では、死亡した従業員の霊が機械に取り憑くという現象が顕著となり、操業停止を余儀なくされていました。

再び現実の世界に舞い戻っていたナットでしたが、家族や社会からは拒絶され落胆する始末。しかし工場の除霊に協力し自分が“役に立つ幽霊”であることを証明することでその存在を認められるのではと考え、その思いを実行に移していくのですが……。

【『ユースフル・ゴースト』の感想・評価】

1.【戦慄分析】哀愁の旋律が導く知的ホラー

当サイトによる怖さレベル:Lv.2.2(ジャンルを横断する巧みな物語作りに注目!)
図:映画『ユースフル・ゴースト』の「怖さ」レーダーチャート

グロテスクなビジュアル/流血:小

音響による不快感・ノイズ:小(不安感などよりも「物悲しさ」を感じさせる演出)

演出分析:コミカルな幽霊譚の裏に潜む、社会の怖さ
(C) 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

『ユースフル・ゴースト』は、終盤までいわゆるホラー映画らしい恐怖演出を前面に押し出す作品ではありません。

幽霊は冒頭から登場しますが、その存在はどこかコミカルで、人間とのやり取りにも優しさが感じられます。人が命を落とす場面には生々しさもありますが、全体の雰囲気は不安や恐怖よりも、哀愁を帯びたピアノの旋律によって包まれています。

終盤には多少グロテスクな描写も登場します。しかしそれはショックを与えるためのものではなく、作品が描こうとするテーマを際立たせるために意図された表現に思えます。

映像そのものよりも、その光景が示す人間の在り方や社会の構造に、むしろゾッとさせられます。

一見するとシュールな人情話ですが、その奥には権力、歴史、そして弱い立場に置かれた存在が利用される構造への視線が潜んでいます。直接的な恐怖ではなく、社会そのものに潜む不気味さによって観客を震え上がらせる、知的なホラー作品といえるでしょう。

2.【作品の批評】荒唐無稽な発想を自然に受け入れさせる巧みな演出

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本作の登場人物たちのほとんどはどこか無表情で、あえて感情を抑えたような芝居を見せます。それは演出によるものであり、作品全体に寓話のような空気を与えています。

物語は「掃除機の修理担当者」を名乗る男が、とある男性に奇妙な話を聞かせる形で進んでいきます。その構造自体が、現実と幻想の境界を曖昧にする寓話的な趣を帯びています。

死者の思念が掃除機に宿るという奇想天外な設定は、一歩間違えれば荒唐無稽なコメディーになりかねません。しかしナットという一人の女性の存在が、物語を単なる笑い話で終わらせません。

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時に掃除機として、時に生前の姿として現れる彼女は、愛する夫を思う純粋さゆえに現世へ戻ってきます。しかし、善意で行動する彼女が徐々に周囲の思惑に巻き込まれていくにつれ、作品の空気は大きく変化していきます。

人情劇として始まった物語は、やがて悲劇、そしてホラーへと姿を変えていきます。

複数のジャンルを横断しながらも、無理なく一つの物語として成立させている構成力は高く評価できるポイントであるといえるでしょう。

3.【深掘り考察】利用される善意と不条理に抗う者の姿

3.1 歴史の恐怖と、利用される者たち

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本作は粉じん公害という現実の問題を入口としながら、その背後にあるより大きなテーマへと踏み込んでいきます。

作中では、1976年にタイで起きたタマサート大学虐殺事件、いわゆる「血の水曜日」などの出来事にふと触れる要素も登場します。

ここで描かれるのは、特定の歴史の再現というよりも、権力と暴力、そして人々の記憶についてのメタファーとも感じ取れます。

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夫・マーチを思うあまり、掃除機となって現世へ戻ってきた女性ナットは、その純真さゆえに邪悪な存在に利用されていきます。その「善意や愛情さえも利用される」という構図は、非常に皮肉です。

物語冒頭で映し出される1940年のタイ民主化記念碑の存在と、その後の変化も含め、本作は歴史を振り返るだけでなく、そうした危うさが現代にも続いていることを示唆しているかのようです。

3.2 抵抗する者として描かれる主人公

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もう一点注目すべきは、この物語の中で、正体不明の男性が語る話に聞き入る男性。彼は自らを「ゲイである」と明かします。

この男性の存在は、当初はコミカルな役回りにも見えます。しかし物語が進むにつれ、彼は本作で最も強い感情を表す人物になっていきます。

作中では偏見や差別の存在もほのめかされており、彼自身もまた社会の中で周縁に置かれうる存在として描かれています。そうした状況の中で彼は理不尽に屈することなく、自分の感情を正面からぶつけていきます。

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監督は、ある意味コメディーの記号として消費されかねない人物を、最後には不条理に抗う者として描き出しました。その姿は、利用される側に置かれた人々が声を上げることの重要性を象徴しているようにも見えます。

先述の通り、この物語に登場する人物のほとんどは極端な感情表現を抑えており、物語はどこか寓話的な印象のあるストーリーとして展開していきます。そこに唯一強い感情を露わにする彼の表情は、そのメッセージに込められた思いを強調するアクセントとなっています。

『ユースフル・ゴースト』は、愛する人を失った悲しみから始まる奇妙な幽霊譚でありながら、その奥底では「死後ですら利用される人々」が存在する社会への怒りを秘めています。

そして最後に立ち上がるのもまた、利用される側に置かれた者たちです。笑いと哀しみ、そして恐怖の先に、本作は静かな抵抗の物語を描いているのではないでしょうか。


こちらも是非!

本作と同じく「タイ発」の物語。「幽霊」というキーワードを用い、さまざまな世界観を縦断する『サッパルー!街を騒がす幽霊が元カノだった件』。そのスタイルには、本作に通ずるものが。但し、展開としては全く逆、ホラーじみた冒頭から、最後はどこか温かくも、しんみりした雰囲気に。

こちらも本作と同じ、ジャンルを縦断する物語。古からの因果、さまざまな歴史の陰に隠れた不安を、今でも忘れまじとシリアスな展開につなげていく『カーンターラ 神の降臨』の物語は、まさに「今ならでは」の空気感をおぼえる。


【次回の公開前レビュー』】

次回は作品『GOOD BOY/グッドボーイ』をレビューします。

本作は霊に取り憑かれた飼い主を救うため、忠実な飼い犬が命がけで闇の力に立ち向かう新感覚ホラー。「犬の不思議な行動」の先にある恐怖を、全編犬の視点のみで描くという斬新な手法で全米を騒がせた本作の魅力に迫ります。

レビューでは、3年の歳月を費やして本作を完成させた新鋭ベン・レオンバーグ監督の卓越した演出力に注目。CG一切なしの名演技を披露し、サウス・バイ・サウスウェスト(SXSW)映画祭や、ハリウッドのアストラ映画賞で「動物俳優として史上初の最優秀演技賞」に輝く歴史的快挙を成し遂げた主演犬・インディの健気な姿と圧倒的な存在感を掘り下げます。

当サイトならではの深堀考察に是非ご期待ください!


English Summary

Title: [Pre-Release Review] A Useful Ghost (Terror Level: 2.2) – A Surreal and Radical Reimagining of Thai Folklore Exploding into Social Defiance

Summary: Making its historic mark as the first Thai film to win the Grand Prix at the 78th Cannes Film Festival’s Critics’ Week, director Ratchapoom Boonbanchachoke’s stunning debut, A Useful Ghost, turns an absurd premise into a sharp, multi-genre critique of institutional oppression. Drawing loose inspiration from the legendary ghost story Mae Nak Phra Khanong, the film subverts traditional Jumpscare horror, operating instead on a clinical, slow-burn psychological level. The narrative follows March, a factory owner’s son who loses his wife, Nat (masterfully portrayed by Davika Hoorne), to Bangkok’s devastating smog crisis, only for her soul to reincarnate inside a household vacuum cleaner. While tracking their unconventional romance, the film shifts from a whimsical domestic comedy into a tragic, bleak horror as Nat’s pure desire to be “useful” is systematically exploited by capitalistic and authoritarian structures. Layering sharp metaphors tied to Thailand’s turbulent socio-political history—such as the 1976 Thammasat University massacre and the shifting legacy of the Democracy Monument—Boonbanchachoke crafts a brilliant allegory of resistance. By elevating the listener of this parable—a gay man historically marginalized by societal prejudice—into the sole character possessing raw, explosive emotional defiance, A Useful Ghost transcends its horror roots to deliver a quiet yet furious anthem for the exploited.


タイ発作品独自の怪異の空気感や不条理へのアプローチを体験したいなら……

1)『女神の継承』(2021年)

本作と同じく「タイ」を舞台に、逃れられない血脈の因果と土着の信仰が引き起こす最悪の惨劇を描いた、近年のアジアホラー最大の衝撃作。『ユースフル・ゴースト』が静かな社会の不気味さを描くのに対し、こちらは理不尽な暗黒の力が牙を剥く、タイ産ホラーの圧倒的な熱量と底力を体感できる1本です。

『女神の継承』
(Amazon Prime Video)

2)『愛しのゴースト』(2013年)

『ユースフル・ゴースト』の主演ダビカ・ホーンが、全く同じタイの伝統怪談「メー・ナーク・プラカノーン」のヒロインを演じ、タイ国内で歴代興行収入1位を記録する歴史的大ヒットとなったホラー・コメディ。同じ「幽霊との型破りな愛」をテーマにしながら、10年以上の時を経てアプローチがどう進化したのか、見比べるなら今が最短ルートです。

『愛しのゴースト』
(Amazon Prime Video)

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